嚥下障害のメカニズム

平塚市民病院耳鼻咽喉科
馬場大輔


 嚥下とは水分や食物を口に入れて、のどや食道を経て胃へ送り込まれていく「運動」を示します。嚥下障害を持つ方はこのいずれかの過程がうまくいかず、「むせ」や「のどの違和感」が出現し、息の通り道である気道に水分や食物が流入(誤嚥)するようになります。
 嚥下障害に対して摂取できる食形態やリハビリ、手術を考える上で、この嚥下動作の中でどの部分がどう障害を起こすかを考えることが重要となります。
 嚥下動作は細かく見ると5段階に分かれます。また、それらがどう障害されるかについて、ボールを遠くに投げる「運動」に例えて見ていきましょう(図1)。

 まず、ボールを遠くに投げようとする時実際にどのようにしていくでしょうか。
 @ 手に持っているボールを見て、これはボールだと頭で認識し、これを投げるぞと考える
 A 投げる足場を確かめて、しっかりと投げられる準備をする
 B ボールを投げる動作を頭の中(脳)でイメージし、その動きを体に伝え、行おうとする
 C 足・体・腕の筋肉を正確に動かして投げる
 大雑把にこのようなことを一部は意識的に、一部は無意識に行っているかと思います。

 嚥下動作も同じ「運動」ですが、それぞれの動作をタイミング別に分けて考えていきます。
 認知期:@の部分で実際に食べ物をみて、これは食べ物だ!と認識する
 準備期:Aの部分で食べ物を口の中でうまく噛んで食べやすい状態に準備する
 口腔期:Bの部分で「ゴクン」と食べ物を飲み込む意識をしてその動作が脳から喉に伝わるところ
 咽頭期:Cの部分で実際にのどの中の筋肉が大きく動き「ゴクン」と飲むところ
 食道期:これもCの部分になりますが、食べ物がのどを過ぎた後の部分で、ボールを投げた後のフォロースルーのような部分にあたります。
 これらの動作のうち、認知期〜口腔期までは意識的(随意的)に行いながら、咽頭期・食道期は無意識的(不随意的)に行っています。

@ボールを認識
A投げる準備
Bどう投げるか
C投げる動作
Cフォロースルー
@認知期
食べ物の認識
A準備期
噛んで飲み込む準備
B口腔期
飲む意識→筋肉が動く前
C咽頭期
飲み込みの喉の動き
C食道期
喉を過ぎた後
図1.ボールを投げる運動と飲み込み運動の対比
認知期〜食道期の図はhttp://www.emec.co.jp/swallow/06.htmlより引用




 次にどのような障害を起こしているかということについてですが、ボールをうまく投げられない場合、どのようなことが原因として考えられるでしょうか(図2)。

 @ボールをボールとして認識できない場合や、投げる動作を忘れてしまっている
 Aボールを投げようと意識しても、その意識が頭(脳)にうまく伝わらなかったり、 頭(脳)から体にうまく伝わらなくて、筋肉を動かせない
 B筋力自体が落ちてしまうことで、遠くに投げられない
 C座ったままボールを投げたり・フォームが悪かったり、投げる準備や姿勢が悪い
 などがあげられるでしょうか。

 嚥下障害の原因についても同様で、
 @認知症や意識障害、脳卒中などによって、食べ物を認識できなかったり・食べる動作自体をしようとしない状態
 A脳卒中などによって、飲み込もうとしてもその意識が頭(脳)にうまく伝わらなかったり・頭(脳)から体にうまく伝わらなくて、飲み込むための筋肉をうまく動かせない
 B筋力が落ちることで飲み込む力が落ちている
 C食べる姿勢や食べ方が悪いことでうまく呑み込めない

 それぞれの障害の問題点をまとめると、
 @脳の問題
 A脳〜筋肉につながる神経までの問題
 B筋力の問題
 C姿勢・体勢の問題
 となります。

@ボールを認識できず
A投げる筋肉がうまく動かない
B投げる筋力不足
Cフォームが悪い
@食べ物を認識できず
(脳の問題)
A飲み込みの筋肉がよく動かない
(脳〜筋肉への神経の問題)
B飲み込む筋力不足
(筋力の問題)
C姿勢・体勢が悪い
(姿勢・体勢の問題)
図2.ボールを投げる運動と飲み込み運動における障害の原因の対比
@,Aの図はhttp://www.emec.co.jp/swallow/06.htmlより引用・改変




 このように、飲み込む動作のどの段階(@認知期〜D食道期)で、いずれかの障害(@脳の問題〜C姿勢の問題)が出ることで、「むせ」や「のどの違和感」、「誤嚥」などの嚥下障害を起こしていきます。



 
 
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