嚥下機能低下例に対してのリハビリテーション

日本医科大学武蔵小杉病院耳鼻咽喉科
山口 智


 嚥下障害への対処法は、全身的要因が互いに複雑に関係するので、認知や栄養も含めて総合的に判断して治療法を考える必要があり、リハビリテーションを行えば、全例経口摂取が可能になるわけではありません。 (図1)。

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 図1. 嚥下機能に対する局所的要因と全身的要因
 摂食嚥下は、認知面を含め、舌、咽頭など様々な器官が円滑に機能して初めておこなわれます。その一部に支障があっても嚥下障害をきたします。局所の運動性は、全身的な要因から大きく影響をうけます。

  嚥下機能低下に対しての対処法のリハビリテーションは、どの過程での問題かを検討した上で選択する必要があり、そのためには正確に診断することが必要となります。のど(咽)や口の中の局所を中心とした評価だけではなく、呼吸機能、発声機能、姿勢保持機能などの全身的要因の評価が重要となります。たとえば嚥下反射のタイミングが遅れてしまう場合には、トロミ剤を付加した食事形態を考慮する対応法をとります。また喉頭挙上が悪い例では、喉頭挙上訓練に、呼吸機能、発声機能の改善のリハビリを組み合わせて行います。また嚥下障害の重症度によっても対応法が異なります。認知機能の著しい低下を認める場合は、リハビリテーションの適応は乏しいとされています。。

1. 頸部前屈嚥下(図2)、
 経口摂取時に頸部を前屈させることにより、舌骨・喉頭を挙上させる舌骨上/下筋群の緊張の緩和から喉頭挙上をしやすくする方法です。顎を引かず、下部頸椎から曲げるようにします。

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 図2. 頸部前屈嚥下
 下部頸椎から前方へ、おじぎをするように曲げます。顎を引きすぎると、喉頭挙上に障害を与えてしまいます。

2. 経口摂取時の座位姿勢
 首に緊張性がかからない座位姿勢をとることが大切です。具体的には腰を深く座るようにし、前屈みができるような姿勢で、顎は突き出さずに軽く引くようにし、テーブルの位置を高すぎないようにします。腰が浅いと、頸部に緊張性が増すばかりか、上を向くような姿勢となってしまうため、誤嚥のリスクが増してしまいます。

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 図3. 座位姿勢のとり方

3. 頸部筋群のリラクゼーション
 喉頭挙上が頸部筋群の緊張によって制限されている場合に行います。喉頭挙上に関与する前方の舌骨上/下筋群だけでなく、首の後方の筋群に対してもリラクゼーションを行います。頸部筋群の緊張は、局所だけでなく、呼吸、姿勢の問題点から二次的に起きることもあるため、それらの改善により、緊張を緩和できることがあります。

4. 喉頭挙上訓練(嚥下おでこ体操、シャキア訓練、頸部等尺性収縮手技)
 喉頭の前上方への運動の改善を図る食物を使わない嚥下の訓練法です。

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 図4. 種々の喉頭挙上訓練

5. 発声訓練
 声門閉鎖不全や鼻咽腔閉鎖不全といった、嚥下圧の低下をきたす病態の場合、それを補うような訓練を行います。声門閉鎖不全は、声帯麻痺などの運動障害や、加齢性変化に伴い生じますが、発声訓練を行うことにより、声門下圧の改善から嚥下圧の改善が期待できます。最長発声持続時間(MPT)の改善は、喉頭挙上の改善をきたすともいわれている。鼻咽腔閉鎖不全も嚥下圧の低下をきたします。効果の乏しい場合、発症後6ヵ月経過しても改善しない場合には手術治療をおこないます。

6. 呼吸訓練
 呼吸は基本的には横隔膜の上下運動により、肺に陰圧を作ることにより、その圧較差によりなされますが、それが不十分な場合は、喉頭の上下運動によって補助されます。その際の運動の中心となるのが、舌骨下筋群であり、喉頭の下制をきたすこととなります。呼吸機能の低下は喉頭挙上の低下をきたし、誤嚥のリスクとなりえるため、呼吸訓練、特に腹式呼吸の励行は、頸部の筋緊張の緩和が期待できます。呼吸訓練は、喀痰の排泄能の改善から、誤嚥性肺炎の予防に非常に重要であり、同時に嚥下機能の改善にもなることは注視すべきことと考えています。

7. 食物を使用した訓練(直接訓練)
 飲み込みの機能を良くする一番のリハビリテーション法について、ある高名な先生は『飲み込みの運動を繰り返すこと』と主張されています。また別の高名な先生は、『飲み込みに関連する筋肉の筋トレである』と主張されています。
 食物を使用した訓練は、一番効率よく嚥下機能を訓練できるのですが、誤嚥した場合に肺炎を発症するリスクがあるので、主治医と相談しながら慎重に行う必要があります。『気合で無理やり食べれば食べられるようになる』は、少し乱暴な考え方でしょう。




 
 
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